サッカーと独裁者
久しくこのブログに書き込んでいなかったなあ。もう見ている人も皆無だと思うので、またつれづれに本の感想などを。

今回読んだ本はコチラ。
サッカーと独裁者 ─ アフリカ13か国の「紛争地帯」を行く
スティーヴ ブルームフィールド著


プレミアリーグ、アストンヴィラの熱烈なファンであるブルームフィールド氏が丹念なアフリカ取材によって描かれたアフリカ大陸の現実と、サッカーによってもたらされる希望。サッカーを追ったドキュメントというよりも、アフリカの政治、社会問題、民族対立などを扱ったドキュメントのような側面が色濃い。

高校、予備校と紙の上でだけ見聞したアフリカ。私はその土地について、なにも分かっていなかった。深刻な経済危機に陥るジンバブエ、初のアフリカ大陸でのW杯開催国となった南アフリカ、深刻な内戦状態にあったコートジボワール…どの国も、決して一筋縄では説明できない重層的な問題を抱えている。しかし、サッカーは、それを溶きほぐすことのできる一つの重要なツールであることを確信できた。

グローバル化、ボーダーレス化が更に進展する現代社会において、真の民主化とは何か。人がサッカーを文化として取り入れ、一つにまとめ上げる機能を持つが、それは為政者のためのものなのか、民衆のためのものなのか。様々なことを考えさせられた一冊。
冷たい校舎の時は止まる




















雪降るある日、いつも通りに登校したつもりの学校に閉じ込められた、8人の高校生。
開かない扉、無人の教室、5:53で止まった時計、決して降り止む事の無い雪…
凍りつく校舎の中、2ヶ月前の学園祭の最中に死んだ同級生のことを思い出す。
でもその顔と名前がわからない。どうして思い出せないんだろう…

8人の登場人物それぞれが主人公。
それぞれが「自殺したのは誰か?」を突き止めるべく過去を紐解いていく。
それぞれのエピソードが語られ、短編集を読んでいる感覚に陥るものの、
当然それぞれの物語は共通したテーマに沿って語られるし、過去と現在、
キャラクターを切り替え、少しずつ全貌が見えていく過程が読んでいて爽快。

終盤には本格ミステリのように「読者への挑戦」らしきものも挿入されていて、
これがテストの答案用紙を模しているのも印象的。
(もっとも真相は当てられるわけも無く…)

辻村深月さんの著書を読んだのは今作が始めて。
思春期の時に誰もが感じていたであろうジレンマや、10代ゆえの心の機微、
葛藤、焦燥感…そういったものが行間から溢れ出てきて止まらなかった。
近作の登場人物が、誰も彼もたぶんに大人びていたのも印象的。
(自分の高校生活を振り返るとその差異に苦笑できる)

東亰異聞














「その街は海底の泥の中から浮上した」

東京のベイサイドの風景を車や電車の車窓から眺める時、
また、月島やお台場の妙に整った海岸線や護岸を見るたび、
このフレーズが妙にピタリとはまる。そう、遷都以前の東京は海だったのだから。


この一文で始まるこの物語の舞台は、明治時代の帝都・東亰。
「東京」でなく、「東亰(とうけい)」。つまり、実在の歴史や登場人物をなぞっているかのようで、
実は首根っこ一枚のことろで表裏が繋がっている状態。


文明開化の名の下に、「闇」は魑魅魍魎から人の手に渡った。
街に煌々と灯る瓦斯灯、高く聳える建物、人々の洋装。
急激な西洋化で、人々は「闇」を遠ざけた…かに見えた。
しかし火で人を殺し、最後には消えてしまう火炎魔人や、夜道で長い爪で人を引き裂く、
正体不明の闇御前は変わらず帝都を跋扈する。

それらの正体を調べる新聞記者・平河は、闇御前に襲われるも、
軽傷で済んだ華族の青年、常(ときわ)にたどり着く。
そこから事件は家督の争いが明らかになり… というお話。

人間が根源的に恐れるであろう、根源的な「闇」への
恐怖が語られる終盤は、どこか薄ら寒さすらさえ感じさせる。

-本文より-

「世の中には本当のことと嘘のことがございます。
どちらとも知れず曖昧だから面白いのだと思います。本当と嘘の白黒を分けてしまえば、
安全なかわりに何の面白みもございませんでしょう。ましてや嘘を規制すれば、
誰もが本当の顔で嘘をつく。
嘘が本当としてまかり通ってしまう事と、
ふたつが曖昧なこととは同じようでまるで違う気がいたしますんです」
キャッチボール
ひどい時間に更新。
連休最終日をひたすら睡眠に費やしたためこの所業に及ぶ。
さて、この3連休はよく遊び、よく食べ、よく読んだ。

そのなかでも最も印象的だったのが、8日にやったキャッチボール。
字にすればたった14文字の、「8日にやったキャッチボール」。
後輩Mくんと、紙屋川沿いの、北大路下のトンネルで投げた。

男2人で繰り返す投球動作。
やっぱり思い出すのだ、父のことを。
日曜日、時間さえあれば近所の公園でやったもんだ。

大きく振りかぶって、全身を使うように投げる。
目標は、グラブをかざした父親の首もとあたりだ。
ちょっとでも球筋が逸れると、大きな声でダメ出し。
速さもコースも決まり、小気味いい捕球音が響くと賞賛の声。
そんなキャッチボールは、中学生ぐらいまでやっていただろうか。

思春期になり、いっちょまえに反抗し、会話が途切れた時でも
キャッチボールを介して得られる「何か」が確実にあった。
今、目の前にいる相手は父ではない。

だけど、後輩にばしばしボールを投げ込んでいると、
不思議と札幌の、あの公園がシンクロしてきた。
時間にすれば30分くらいだけど、すごくいい時間だったように思う。

「キャッチボールしましょうよ」
そう提案してくれたM君に感謝だ。
名もなき毒

















読了しました。
いずれここに感想を記します。
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