from Hollywood  
☆☆アメリカのエンターテイメントを実感できる、LA在住の日系コメディアンのハリウッド通信☆☆  
 








ハリウッドのタブー(後編)
 トム・グリーンTom Green)はカナダ生まれの下ネタコメディアン。構成・主演を兼ねるMTVの番組『Tom Green Show』はアメリカで絶大な人気を誇る番組であると共に、PTAから批判を浴びるほどの過激な下ネタ番組である。
 映画『チャーリーズエンジェル』での共演をキッカケにあのドリュー・バリモアと結婚。結婚して知名度が上がると同時に過激度もアップし、製作会社を設立し、コメディアン・脚本家・監督・プロデューサー・シンガーソングライターなどを一手に引き受けて多才な活躍を続けている。

 トムがハリウッドのタブーに触れてしまったのは彼の初監督・初脚本・出演を兼ねた『フレディのワイセツな関係』という映画である。馬や象のペニスをいじったり、鹿の死体を被ったりの動物虐待ネタ満載の下品映画であり、多方面から非難轟々の嵐で、その年のラジー賞を4部門も独占受賞。通常なら誰もこの不名誉な賞の授賞式には姿を現さないのだが、トムはここぞとばかりに出てきて大暴れ。その模様はTVでも放送された。

 ハリウッドの2つのタブー。
 『幼児への虐待』と『動物への虐待』


 『フレディ〜』の場合、本物の動物に対しての行為だったので、これが大きな波紋を呼んだのだろう。トムは今でも過激な道を進んでいる。タブーに挑戦していくのは素晴らしいコトだと思う。
 トムがコメディアンとして愛されてる理由は、タブーをしっかりとした笑いに変えていることだ。タブーに土足で踏み込み、悪口を言うだけなら誰でもできる。トムがTV、そして映画に残した功績は大きい。
ハリウッドのタブー(前編)
ハリウッドの年初はやはりゴールデングローブ賞の話題が一番大きい。アカデミー賞の前哨戦ということもあって、映画好きならずともアメリカ合衆国民なら誰でも関心を持つイベントだ。
それと同時期にインディペンデント系作品を中心としたサンダンス映画祭も開催される。
今年のサンダンス映画祭で注目を集めた作品はやはり『リトル・ミス・サンシャイン』だろう。ゴールデングローブ作品賞にもノミネートされ、アカデミー作品賞の最右翼といわれている。
しかし、今年はまた別の話題作が一つある。それが『Hound Dog(原題)』という作品だ。サンダンス映画祭で上映されるや否や、瞬く間に賛否両論の議論が巻き起こった。『アイアムサム』や『シャーロットの贈り物』などで注目されている天才子役ダコタ・ファニング(13歳!)が大胆なレイプシーンを演じているからだ。
ハリウッドには大きく分けて2つのタブーがある。

動物への虐待と幼児への虐待

である。これらは今まで描かれてこなかったし、誰も挑戦しようとしなかった。キリスト教とユダヤ教が大半を占めるアメリカ合衆国では当たり前かもしれない。天才子役から、少し大人の女優へとステップアップするためとはいえ、これはダコタにとって大きな賭けになるだろう。もしこの作品の質が高ければ、『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイが『ブロークバックマウンテン』でヌードを披露して女優としての評価を高めたのと同様、ダコタにとって転機になるのは事実だろう。

そして、動物への虐待というタブーに挑戦したコメディアンがいる。それがトム・グリーンだ。

後半に続く
ハリウッドのキレイごと
天才数学者だが、精神分裂病の主人公ジョンが、献身的な妻アリシアに支えられてノーベル賞を受賞するまでの愛と感動のヒューマンドラマ『ビューティフル・マインド』は2002年のアカデミー賞を独占した。この映画を観たことがある人も多いだろう。

この映画はウソだらけだ!

アカデミー賞後にそんな批判が噴き上がった。シルヴィア・ネイサーによる原作には、主人公ジョンが公園の公衆トイレで性器を出して男を誘ったことで逮捕された事実が書かれていた。また、MITの研究員たちはジョンが男性とキスをしている姿を毎日のように目撃している。しかし、映画では彼のバイセクシャルについては丸ごとカットされている。

さらに、「私の存在が映画から消えている!」と抗議をしてきた女性がいる。この女性の名はエレノア。ジョンの最初の妻である。二人の間には子供も生まれた。しかしジョンは自分の教え子のアリシアと結ばれるために彼女をボロ雑巾のように捨てた。
映画の中のジョンは、純粋で女性に奥手な数学オタクとして描かれているが、「あんなに女性に冷酷なヤツはいない!」とエレノアは言う。

その他にも、MITのライバル研究員に「ユダヤ野郎!」などと差別語を並べた手紙を送りつけたことや、アリシアとの間に生まれた子供もまた精神分裂病を病んでいることも、映画からは削除されている。ダークな部分を全部切り捨ててビューティフル・マインド(美しい心)を持つ男の感動のストーリーに美化したのだ。

確かに、事実通りに映画化したら、観客は感動しないだろうし、共感も得られない。アカデミー賞も獲れなかっただろう。『映画は娯楽』だというハリウッドの思想を顕著に映し出している。

本物のジョンは複雑怪奇な人間だった。いや、彼に限らず全ての人間の心は複雑な構造でできている。現実に目を向けてしまえば、愛が必ず強いとは限らないし、善人が努力しても幸福になれるとは限らない。ただ、それを描くのが人間の業であって、芸術であると思う。そういう意味では、『フランダースの犬』や、『ノートルダムのせむし男』、『人魚姫』なども子供向けとはいえ立派な芸術作品だった。

『映画は娯楽』だという考えを否定はしないが、光あるところには必ず陰あるということ忘れてはいけない。
ギリシャからハリウッドへ
 ニア・ヴァルダロスNia Vardalosは、2002年に全米で公開された映画『マイ・ビッグ・ファット・ウェディングMy Big Fat Greek Wedding』で一躍脚光を浴びた女優である。美女ではないが、大らかで笑顔がとても素敵な女性だ。
 日本でもヒットしたので、この作品を観たことがある人も多いはずだが、ストーリーを簡単に説明すると、アメリカで暮らすギリシャ人女性。恋愛に縁のない彼女は、ファッションも仕事も一新して、新たな一歩を踏み出すことに…。すると、彼女の前に理想の男性が!たちまち恋に落ちる彼女だが、父はギリシャ人以外の男性との結婚は認めないという…。というストーリー。ギリシャ人って基本的にギリシャ人としか結婚をしちゃいけないらしい。
 ギリシャ生まれのギリシャ人のニアは、幼い頃から演技の才能を発揮して地元の劇団に所属。1986年には奨学金を得てトロントの演技学校に入学して、本格的に演技の道に進んだ。その後、トロントの劇団のチケット売り場でアルバイトをしているところを、出演者の急病で代役を頼まれ、その任務を見事に果たしたことから正式に劇団員をして迎えられ、翌年にはアメリカのシカゴに渡って有名な即興コメディ集団『Second City』に加入。そこで知り合った俳優イアン・ゴメスギリシャ人じゃない!)と結婚。役者としてブレイクするために、二人でロサンゼルスに移住した。ロサンゼルスでは、いくつかの映画やTVドラマに出演するも、鳴かず飛ばずの状態が続いた。
 普通ならココで女優業をあきらめてもおかしくないところだが、ニアは違った。

誰も起用してくれないのなら、自分で機会を作ろう!

 そして半自伝的な一人芝居『My Big Fat Greek Wedding』を書いて、自作自演の舞台を興行。それが評判となり、たまたま観客として来ていた名優トム・ハンクスの妻リタが夫に勧めたことから映画化が決定。ハンクス夫妻がプロデューサーとして参加、ニアが脚本と主演を兼ね、インディーズ映画ではあるが全米で公開された。当初は館数限定公開であったが、口コミで評判が広がり公開館数をどんどん増やしていき、アメリカだけで2億ドルの興行収入を上げる大ヒットとなった。
 ニアは、40歳目前にして、ゴールデングローブ主演女優賞とアカデミー脚本賞にノミネートされ、一躍時の人となった。同作品の続編を描いた『My Big Fat Greek Life』も大ヒット。さらに再びハンクス夫妻がプロデューサーとして参加した『Connie & Carla』も大ヒットを記録し、ハリウッドスターの仲間入りを果たした。
 ちなみに、ニアの夫イアンは上記の作品すべてに出演している。離婚率が高いアメリカにあって、二人は人種を超えて今でも仲良く暮らしている。


 誰も起用してくれないのなら、自分で機会を作ろう


やろうと思ってもなかなかできないこと。これはアメリカンドリームではなく、彼女の負けん気とポジティブでつかんだ名誉である。
アメリカ史上最悪のTV番組
 何年か前に、アメリカのTVガイド誌が『史上最悪のTV番組ワースト50』という特集を組んでいた。視聴率至上主義なのはどこの国も同じだが、アメリカほどシビアな国はないだろう。つまらなければ(視聴率が稼げなければ)、3週(3回)で打ち切りが当たり前だからだ。
 そんなワーストランキングの1位に輝いたのは、下ネタコメディアンのトム・グリーンがホストを務める番組『Tom Green Show』だった。どれほど最悪かというと、番組中で自分の胸毛を剃って食べたり、睾丸ガンにかかったときは、摘出されたガンまで焼いて食べたりした。ちなみにドリュー・バリモアの元夫でもある。(Shohei的には大好きなコメディアンで、いずれ彼のこともココで書くつもりです。)
 そんなこんなで、最悪なTV番組が並ぶ中、なんと35位にランクインされたのが『ピンクレディ ショー(Pink Lady Show)』だった。そう、あの日本のピンクレディである。1980年、日本での人気が最高潮にあったピンクレディは、アメリカのNBCで突如、ゴールデンタイムでバラエティ番組を始めたのだ!
 『ピンクレディ ショー』の第一回目はナイトクラブのセットから始まる。司会者ジェフ・アルトマンの恐ろしくつまらないスタンダップコメディの後、アメリカの視聴者に『日本直輸入のナンバー1アイドル』としてピンクレディを紹介する。すると二人は、キレイな着物姿で大和撫子らしくおしとやかに登場する。天下のNBCのゴールデンタイム。アメリカ人たちが『なんだこれ?』と思った瞬間、二人は着物を脱ぎ捨て、ピカピカ&ピチピチの衣装で踊り始めた!そのロボットのような踊り、ワケのわからない日本語の歌。わずかに聞き取れる英語は「Monster」のみ。
 視聴者たちの目はテンになったという。その後は、寒いコントが始まる。

ジェフピンクレディは日本で一番ビッグなんでしょ?

二人日本で一番大きいのはゴジラです

 番組は5回で打ち切られた。しかしこの番組は多くのアメリカ人男性たちにトラウマを残した。アメリカでは実年齢より若く見られがちな日本人。(Shoheiは今24歳だけど、アメリカじゃ17歳くらいの高校生に見られるもんね)当時21歳だった彼女たちは、水着になって司会者のジェフと一緒にホットタブに入ってトークをしていた。1980年当時、アメリカのゴールデンタイムに日本人が水着でホットタブに入ってるなんて、ものすごいことである。
 番組は5回で打ち切られたが、この残ったトラウマはDVDという形で復活した。というのも、マニアの間でカルトな人気を博し、当時の録画テープは裏で高値で取引されていたからだ。ファンのwebサイトを見ると、そのカルトな人気は狂喜と呼ぶにふさわしかった。

 二人の活躍なくして、今日のアメリカでの日本ブームはありえなかったのかもしれない。