漫筆日記・「うわさとたる」
  よどみに 浮かぶ うたかたの 漫筆 ぷくぷく

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2009年11月07日  マツジュンみたいに

二枚の写真を見較べながら、

「だいたい、整形なら、
 男前にしてくれ云うのが当たり前やのに、
 ブサイクにしてくれでは、病院もアヤシイと思うわなぁ」と云ったら、

我が同居人・みゅうたんが、

「それでも、チャンと手術済まして、
 カネ取ってから、警察に云う処が、商売人やわァ」とのたもうた。

我が同居人どのは、
「美容整形病院」に、若干の偏見があるらしく、
それほどの意識無しに、否定的なコメントが出てしまうようなのであります。

  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  逃亡中に整形
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一昨年、
千葉県でイギリス人女性(当時22才)が殺された事件に関し、
指名手配されていた容疑者が、
逃亡中に顔の整形手術を受けていたとして、警察が術後の写真を公開した。

捜査関係者によると、
容疑者とみられる男は、
ひと月ほど前、名古屋の病院で手術を受けており、
その2・3日後、同病院から警察に「容疑者に似た男が来た」と通報があった。

病院側は、
「指名手配の写真とはまったく人相が異なり、
 手術時は気づかなかった」と話しており、それ以前にも整形手術を受けていた模様。

  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


以前、
殺人で指名手配されながら、
十年以上も逃亡を続けていた女性も、
何回か整形していたが、
彼女は手術の度に美人になって行ったからこそ、怪しまれなかった。

この男は、
「なるべく目立たないように」と逃亡を続けるうち、
平凡な顔への変身願望が出たようだが、
美容整形の病院で、
「平凡な顔」を望んでは、「疑ってください」と言ってるようなモノ。

ここはひとつ、ごく平凡に、
「マツジュンみたいな顔に」とでも言っておけば、目立つことは無かったろうに。



PM 05:04:53 | [日記]

2009年11月05日  健康の健康による健康のため食品

10日ほど前の話、

我が同居人、みゅうたんが、
近所の病院から帰って来て、
「ああ疲れた、無茶苦茶待たされたア、」とぼやいた。

なんでも待合室は、
インフルエンザワクチンを打ってもらう人で一杯、
薬だけ貰うつもりで行ったのに、えらく待たされたのだそうだ。

ワクチン注射は、
病人並べて、片っぱしから打って行くとはいかず、
一人一人、健康状態を診察をしてから打つため、

案外、時間が懸かるものなんだそうなんです。

その並んでいる人の殆どが老人、
「アレ、元気やから注射してもらう気になれるんや、
 アンタみたいに弱々しそうな年寄りは、だーれも居てへんだヨ」とのこと。

どうも私は病院嫌いで、
「わざわざ予防注射するぐらいやったら、
 かかったらかかったで、寝たら良えがな」とずぼらを決め込むタイプ。

まぁ、病気の予防は結構なことだが、
ワクチン行列に並べるほど健康な人は、
その大概が健康オタクで、やたらと健康食品にくわしいらしい。

これもみゅうたんが実際にその病院で聞いた会話。

  ===============

「ヤ〜ァ、ひさしぶり〜、
 どおぉ、今でもアレ続けてるぅ?」

「や〜ァ、それがなぁ、このごろ飲んでないねん、」

「あかんヤン、つづけな!」

「ウン、そやねんけどなァ、
 ホント言うとなァ、医者に見つかって止められてン」

「そうかぁ、
 ほな、マァ病気なおして、又飲めるようにせなな。」

「うん、早うそうなりたいと頑張ってるとこやネン」

  =============


我が同居人、、みゅうたんの説によると、

「アレ、絶対、健康食品のせいで健康なん違うヨ、
 健康やさかいに、怪しげなモン飲んでも、体がビクともせぇへんのヨ」とのことでありました。




PM 03:41:36 | [日記]

2009年11月01日  奇蹟の生還

記事を読んで直ぐ、
「まるで映画、ポセイドン・アドベンチャーのようだ」と思ったのだが、
その人は救出される時、同じ映画でも「海猿」を思い出していたのだそうだ。

いずれにしても、
真っ暗な中で動けぬまま、波に揺られた4日間は長かったろう。

いくつかの幸運と、
なるべく動かず体力の消耗を避けた智恵と忍耐力が奇蹟の生還を生んだようだ。
 
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
  漁船遭難者のうち3人を救助
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八丈島の沖合いで遭難した漁船、
「第一幸福丸」の乗組員8人のうち3人が4日ぶりに救出された。

この漁船は、
台風接近にともなう高波を受けて転覆、
船底を上にしたままの状態で漂流していた処を発見され、

3人は、後部船室、床下の透き間にいた処を救助されたもの。

三人が居た場所は、本来は船底に近い部分だが、
転覆の際の衝撃により、
海水の浸入を防ぐわずかなスペースができ、そこに空気が残り生存につながった。

尚、黒潮の影響で、当時の海水温が24度前後あったことも幸いしたようだ。
 
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「逃げ遅れたと思った」、

「いつ空気が吸えなくなるかと恐怖だった」、

「たまに『生きてるか』と声を掛け合ったが、そのほかは殆ど話さなかった」

「死刑を宣告されたような気持ちだった」、

救助された漁師たちの言葉が生々しい、
テレビに映し出された家族と抱き合う姿にも胸うたれた。

私には偏見があって、
登山や、ヨット、モーターボートなどで遭難した人々には、
「危険を承知で遊びに行ったのだから」と、それほどの同情が湧かない。

しかし、労働災害による事故の記事を読むのはつらい。

労働災害の場合、その殆どが働き盛り、
子供たちも幼いから、
残された家族にのしかかる、これからの暮らしへの困窮ぶりが思いやられるのだ。

今回は、逃げ遅れた人が助かり、
逃げ出せたはずの人が絶望的と云う皮肉な結果となった。

帰らぬ人を、
ダメだろうと思いながらも、
一縷(る)の望みをつなぎ、だた待つだけの人々の苦しさを思うと、せつない。




PM 03:53:21 | [日記]

2009年10月31日  爺さん、これからどうすんのヨ

国が、やさしく熱心に、
「もう お年ですから、運転免許の更新は ご遠慮を。」と、いくら云っても、

老人たちが、免許証を手放さぬのは、
世の中全体が、車の所有を前提として成り立っているから、

このごろでは、
都市部に住んでいてさえ、
車が無くては不便なのだから、北海道ともなれば尚更のことだろう。
  
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  72歳を書類送検
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今月28日、北海道旭川市の警察官が、
一時停止をしなかった軽ワゴン車を呼び止め、

運転していた無職の男性(72)に、
免許証の提示を求めた処、

「道に迷って標識を見逃した、免許は持っていない」などと話したため、
警官が、「忘れたのか」と聞くと、
男は「もともと持ってない」と答え、無免許での運転を認めた。

この男は近く、
無免許運転と一時不停止の道路交通法違反容疑で書類送検される見通し。

  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


この老人は、
「15〜16年も前、
 自動車学校には通ったが、試験に何回も落ち、免許をあきらめた」のだそうで、

車も本人名義だし、
車検も何回か、と云うのだから、無免許での運転歴は かなり長い。

云わば、無免許のベテランドライバー、
まともに考えれば、「悪質でケシカラン」と云う事になる。

しかし、翻(ひるがえ)って考えれば、

十年以上もの長きにわたり、
無免許がバレなかったと云う事は、
さぞかし「模範的な運転」を続けていたのであろうな、と見当がつく。

運転がヘタなら、
事故を起こして、とっくに無免許がバレているはずだし、
荒っぽい運転振りなら、
これまた交通違反で捕まり、今回のように免許の提示を求められていたはずですからね。

ニセ医者を捕まえたが、
患者や近所の評判はとても良く、そんな風には見えなかったと云う事はよくある話。

この老人も、
無免許だからと、慎重に丁寧に運転していたのかもしれぬ。

年齢から考えて、
戦中、戦後の混乱期に義務教育を受けた世代、

運転は得意だが、
「学科試験は苦手」と云うことは大いにありうる。

ナンにしても、
運転を止めさせればそれでOK、と云うような簡単な事件でないことだけは確か。

この爺さん、これからどうするんだろうな。




PM 02:08:37 | [日記]

2009年10月30日  記憶に残る一打

今日のホームランは、
彼の華やかな野球人生の中でも、とりわけ記憶に残る一打となるのだろうな。

そう思わせるに充分な松井選手のホームランでした。

マルティネス投手の、
インコース膝元へ食い込むように落ちてくる変化球を、
腰を落とし気味にして、掬いあげるようにライトスタンドへ持っていった。

決してあまい球ではなかった。

ヤンキースは、
きのうの第一戦に負けており、今日負けると優勝は厳しくなる。

処が、今日も先行され苦しい試合展開、
やっと追いついた後のホームランで、これが決勝点となりました。

これで一勝一敗、
ワールドシリーズは振り出しとなって、
こんどはフィリーズの本拠地、フィらディルフィアに舞台を変えます。

フィリーズのファンは熱狂的なことで知られており、
さぞ盛り上がることでしょうから、これからが面白くなるところです。

処でそのフィリーズの監督は、御存知「赤鬼・エマニエル」、
昨年、同じフィリーズを率いて、「ワールドシリーズチャンピオン」となった名監督です。

もっとも赤鬼は、日本時代のニックネーム、
アメリカの野球ファンには、ピンと来ないかもしれない。

マニエル選手は、守備と走塁にやや難があり、
大リーグでは花開かなかったが、日本に来てからは大活躍。

在籍したヤクルト・スワローズと、
近鉄バファローズでは、
両チームを、球団創設以来の初優勝に導き、その年の本塁打王となっている。

契約などで揉め、日本を去ったが、その後、「1A」の監督からスタート。

大リーグには、
その下部リーグとして、3A、2Aとあって、
「1A」は、まだその下、
これを日本流に云うなら「四軍」と云う事になります。

その当時のことを、マニエル監督は、

「昔は選手の能力を考えず無理な要求をして、
 癇癪を起こした事もあったが、それではダメだと気付き、我慢することを学んだ。

 あのままだったら、とっくにクビになっていた」と、

ワールシリーズ前の記者会見で語り、周囲を笑わせたそうだ。

日本に居た当時は、
「大酒飲みの暴れん坊」と云うイメージだったから、
この談話には説得力があり、指導者として苦労したであろうことが偲ばれる。

以後、徐々に実績を積み、
世界一のチームの監督となったたわけだが、
以前、
「自分が日本でプレーした6年間がなかったら、
 今こうしてメジャーで監督はやっていない。

 これだけははっきり言えるが、
 日本での経験はそれだけ私にとってかけがえのないものだった」と語ったことがある。

そう云えば、、昔、
阪神タイガースから大リーグに復帰したセシル・フィルダー選手が、
あちらでホームラン王を獲得した時、
その秘密を聞かれ、
「日本で辛抱する事を覚えたから」と語っていた。

日本の投手は、初球から変化球で攻めてくる事がが多く、
中々、まともに勝負をして来ないから、

まだ変化球打ちが苦手だったフィルダー選手が、
焦って、打ちにいくと、相手投手の術中にはまってしまう。
BR>そこで、カウントが有利になるまで、
「待つ事を覚えた」、
つまり、「辛抱する事を覚えた」と云う分けです。

その息子のプリンス・フィルダー選手や、
ロッテで活躍したレオン・リー選手の息子、デレク・リー選手は、今や大リーグのスター選手。

昔は、
はるか海の彼方だった大リーグも、身近になったモンであります。




PM 04:19:46 | [日記]

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